東京高等裁判所 昭和58年(行ケ)33号 判決 1986年12月22日
原告
サントレード・リミテツド
被告
特許庁長官
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
3 この判決に対する上告期間につき附加期間を90日と定める。
事実
第1当事者の求めた裁判
1 原告
「特許庁が昭和56年審判第15345号事件につき、昭和57年9月1日にした審決を取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決
2 被告
主文第1、2項同旨の判決
第2請求の原因
1 特許庁における手続の経緯
原告は、昭和47年7月7日特許庁に対し、名称を「硬質金属部品表面の耐摩耗性を増大させる方法」とする発明(以下「本願発明」という。)につき1971年7月7日スイス国においてした特許出願に基づく優先権を主張して特許出願をしたところ、昭和52年10月28日出願公告がされたが同年12月23日住友電気工業株式会社から特許異議の申立があり、昭和56年3月11日拒絶査定がされたので、同年7月27日審判の請求をした。特許庁は、これを昭和56年審判第15345号事件として審理をした上、昭和57年9月1日「本件審判の請求は成り立たない。」(出訴期間として3か月を付加)との審決をし、その謄本は同年10月27日原告に送達された。
2 本願発明の特許請求の範囲
硬質金属部品表面の少なくとも一部に、酸化アルミニウム、酸化ジルコニウム、安定化酸化ジルコニウム及びこれらの混合物を含む群から選ばれた耐火酸化物の層を次の条件―当該酸化物を大気圧より有意に低いガスの全圧下における気相反応で生成し、かつ当該反応を酸化物の層厚が0.1~10ミクロンに成長するまで続行すること―により被覆することを特徴とする摩耗を受けやすい硬質金属部品表面の耐摩耗性を増大させる方法。
3 審決の理由の要点
1 本願発明の要旨は前項のとおりである。
2 これに対し、特願昭47―51836号出願(出願日昭和47年5月26日、アメリカ合衆国においてした特許出願に基づく優先権主張日1971年(昭和46年)5月26日及び同年12月17日、出願公開昭和48年1月5日、以下「先願」という。)の願書に最初に添付された明細書(以下これを「先願明細書」といい、これに記載の発明を「先願発明」という。)には、次のことが記載されている。
「超硬材料(超硬合金基体)の表面に厚さ1~20ミクロンの酸化アルミニウム被覆を気相反応法で形成することにより超硬材料の耐摩耗性を向上させること。」
そして、この内容は先願の優先権主張の基礎の一部である1971年(昭和46年)5月26日アメリカ合衆国で行われた出願番号第147240号の出願明細書にも記載されている。
3 そこで本願発明と先願発明とを比較すると、次の2点が検討を要する事項である。
(1) 先願発明は、具体的に鉄属金属のアルミン酸塩の中間層を介して、酸化アルミニウムの被膜が超硬材料に結合しているのに対し、本願発明ではかかる中間層の存在につき特段言及していないこと。
(2) 先願発明では、気相反応を大気圧下で行うことを実施例としているのに対し、本願発明では気相反応を大気圧より有意に低いガスの全圧下で行うことを要件としていること。
4 そこで右の2点について検討する。
(1) 中間層の存在について
先願発明にあつては、アルミン酸塩からなる中間層の存在によつて、酸化アルミニウム被膜の超硬材料に対する接着性が改善されている。他方、本願発明にあつては、「付着性の良好な被覆を得るためには、被覆層の沈積は高温処理又は被覆層を適用した後硬質金属部品の表面を高温でさらに熱処理して原子の置換を伴う拡散によつて耐火酸化物層の上記表面に対する付着性を増大させることにより行うことが有利である。」とされ、中間層の存在を肯定している。そして両者共に中間層が何であるかについては特定していない。けだし、かかる中間層についての言及は、酸化アルミニウム被膜の超硬材料に対する接着性の良好な理由を説明するためのものにとどまり、また異種の材料が良好な接着性をもつて接合されるためには、その間に何らかの中間層が介在していることが必要とされることは、当該技術分野における通常の知識をもつて知るところである。そして、酸化アルミニウム被膜を析出させる反応についても、本件の出願の明細書6頁及び先願明細書9頁、10頁にそれぞれ掲げられた反応式にみられるとおり、本願発明と先願発明とは共に同一の反応を利用している。してみれば、中間層をアルミン酸塩とするか否かは、単なる接着状態の解明の度合に起因する相違にとどまり、これをもつて両者が別個の発明を構成するものと判断することはできない。
(2) 気相反応の圧力について
本願発明において、「大気圧より有意に低いガスの全圧下における気相反応」と特定したことに関し、本願明細書では「耐火酸化物被覆層の析出を可能にする温度および圧力条件については、出発化合物として使用される化学化合物の性質によつて選ばれなければならない。この選択は気相化学反応による種々の耐火酸化物の析出に適当な条件についてすでに公表された多数の文献から明らかなように当業者は行うことができる。」と記載している。しかし、「大気圧より有意に低いガスの全圧下における気相反応」としたことによる技術的意義についての特段の開示は、それ以外には行われていない。他方、酸化アルミニウム被膜を析出させる気相反応を「大気圧より有意に低いガスの全圧下」で行うことは、前記明細書の記載からも明らかなとおり、当該技術分野において普通に知られている手段である。また、先願明細書にあつては、確かに気相反応を大気圧下で行うことを具体例として揚げているが、先願発明において気相反応が大気圧下で行われるとの制限を受けるものでないことは、先願明細書全体の記載から明らかである。
してみれば、先願発明を「大気圧より有意に低いガスの全圧下」で行うことは、技術水準をもつて先願明細書の記載からこれを読みとることが可能なものであると認める。すなわち、この点は、先願明細書において単に言及されていないというにとどまりこれをもつて、本願発明が先願発明と別個の発明であるとすることはできない。
5 以上の理由により、本願発明は、先願発明と同一であり、また両発明の出願人が同一の者でないから、特許法29条の2により特許を受けることができないものである。
4 審決の取消事由
審決の理由の要点1ないし3を認め、4の(2)及び5の認定判断を争う。
本願発明と先願発明とは、以下主張のとおりその各気相反応において圧力条件が異なるのにもかかわらず、審決はこれを誤認した結果本願発明は先願発明と同一であるとの誤つた判断をしたものであるから、違法として取消されるべきである。
1 本願発明は、特許請求の範囲に記載されたところから明らかなとおり、硬質金属部品表面に酸化アルミニウム等の耐火酸化物の層を気相反応によつて生成して被覆することを特徴とするものであるが、右気相反応の圧力条件として「当該酸化物を大気圧より有意に低いガスの全圧下」において行うことを必須の要件とするものである。
一方、先願発明もまた超硬合金基体(審決のいう「超硬材料」で本願発明の硬質金属部品に相当)の表面に酸化アルミニウムの層を気相反応によつて生成して被覆するものである。
2 しかしながら、先願発明は本願発明とは異なり気相反応を大気圧より有意に低いガスの全圧下で行うものではなく、先願明細書には気相反応について大気圧より有意に低いガスの全圧下で行う技術は開示されていない。
先願発明は、以下主張のとおりその気相反応(CVD反応)を大気圧(常圧、1 atm=760トル)のガスの全圧下で行うものである。
(1) 先願明細書記載の第1表(公開特許公報5頁)の実施例1~10のすべてにおいて、「入力ガス中の分圧」の欄の各入力ガスH2、CO2、CO、H2Oの数値の総和は「1」である。そして、右明細書にはこの点について、「カツコは当該気圧の濃度を分圧で表わしたものを意味し……」と明記されている(同公報4頁左上欄末行~右上欄1行)。
(2) ところで、理化学辞典(甲第34号証)によれば、「分圧」とは「混合気体を構成する成分気体の各々がほかの成分を取り除いてそれ自体だけで全体積を占めたと仮定したときに示すはずの圧力を、その成分気体の分圧という。」との説明から明らかなように、「圧力」そのものであり、決して「圧力比」或いは「分圧率」ではないのである。従つて成分気体の「分圧」の総和が「1」であることは混合気体の圧力比(率)が1であることを意味するのではなく、何らかの圧力単位で表した混合気体の圧力値、即ち全圧値が1であることを意味している。そして、先願明細書には、右圧力単位については記載がないが、これは当業者の実験常法が大気圧(常圧)で行うものであるからに外ならない。
なお、甲第35号証(THIN FILM PROCESSES)には本願発明や引用発明と同種のCVD反応式に関して分圧値の総和が「1」となる反応式の説明と先願明細書に記載の前記第1表と同様の平衡分圧の計算値の表(TableⅠ)が掲載されているが、右「1」の圧力単位は「1 atm」である旨明記されている。このことからも先願明細書の前記第1表における成分気体の分圧の総和が「1」であることは「1 atm」を意味することは明らかである。
3 以上のとおり本願発明と先願発明とでは基体に酸化アルミニウム等の被膜を気相反応によつて生成被覆する際の各圧力条件が異なるものであるから、この点で本願発明が先願発明と同一でないことは明らかである。
第3請求の原因に対する被告の答弁と主張
1 請求の原因1ないし3は認める。同4のうち1は認めるがその余の主張は争う。
2 原告主張の審決取消事由は、以下主張のとおり失当であり、審決には違法の点はない。
1 本願発明と先願発明とを対比すると、本願発明にあつては、気相反応を大気圧より有意に低いガスの全圧下で行うと限定しているのに対し、先願発明にあつてはこのような限定がない点で一応相違する。
2(1) しかし本願発明における気相反応の圧力条件については、本願明細書に「気相の全圧力:1~760トル(好ましくは30~80トル)」(特許公報5欄32行~33行)、「気相の全圧力:1~760トル(好ましくは10~125トル)」(同欄39~40行)の各記載があり、実施例における気相の全圧は5トル及び50トルである。しかして本願明細書において気相反応の減圧下で行うことについては右以外に記載はない。しかも右明細書には、「上記例(実施例)は本発明の好ましい実施例であるが、本発明はこれらの例に限定されるものではなくこの他種々の実施態様が採り得る。」との記載(同10欄26行~28行)がある。
本願明細書のこのような記載からすれば、本願発明における「大気圧より有意に低いガスの全圧下」には格別の意義がないものといわざるを得ない。
(2) 一方、先願発明は、気相反応を大気圧下で行うことについて先願明細書に直接これを明らかにした記載はない(その意味では審決が「先願発明では、気相反応を大気圧下で行うことを実施例としている」としたのは必ずしも適切ではない。)。
先願発明において、気相反応の圧力について限定がないということは、その圧力は当該技術分野における当時の技術水準又は周知技術に照らして当業者が把握している圧力であるというべきであるところ、先願発明の優先権主張日前の技術水準又は周知技術からすれば、当時化学蒸着法(CVD)による被膜生成のための気相反応は大気圧と同一のガスの全圧下で行う方法と減圧下で行う方法が共に周知の技術として存在していたのである(乙第1ないし第10号証)。
従つて、先願明細書には気相反応について大気圧と同一のガス全圧下で行う場合のほか大気圧よりも低いガスの全圧下で行う技術も開示されているということができる。
3 原告は、先願明細書の表1表における実施例1~10の各入力ガス中の分圧の総和が1であることは、1 atmの意であり先願発明はその気相反応を大気圧のガスの全圧下で行うものである旨主張する。しかし、先願明細書には右入力ガスの分圧の総和についてその単位が限定されていないのであるから、右各分圧の値は圧力そのものでなく圧力比ないし分圧率を示したものである。従つて先願明細書の右記載から先願発明はその気相反応を大気圧のガス全圧下で行うものであるとすることはできない。
第4証拠関係
本件記録中の書証目録の記載を引用する。
理由
1 請求の原因1ないし3の事実は当事者間に争いがない。
2 そこで、原告主張の審決取消事由について検討する。
1 先願明細書及び先願の優先権主張の基礎の一部である1971年5月26日アメリカ合衆国で行われた出願明細書に審決が認定するとおりの記載(審決の理由の要点2)があること及び原告主張の審決取消事由1の点、すなわち本願発明は硬質金属部品表面に酸化アルミニウム等の耐火酸化物の層を気相反応によつて生成して被覆することを特徴とするものであり、右気相反応の圧力条件として「当該酸化物を大気圧より有意に低いガスの全圧下」において行うことを必須の要件とするものであること、一方、先願発明もまた超硬合金基体(審決のいう「超硬材料」で本願発明の硬質金属部品に相当)の表面に酸化アルミニウムの層を気相反応によつて生成して被覆するものであることはいずれも当事者間に争いがない。
2 そこで、本願発明と引用発明においてそれぞれ硬質金属部品ないし超硬合金基体に酸化アルミニウムなど耐火酸化物の被膜を気相反応によつて生成被覆する際の各圧力条件について差異があるか否かについて検討する。
(1) まず本願発明について考える。
(1) 当事者間に争いのない本願発明の特許請求の範囲には右圧力条件につき、「当該酸化物を大気圧より有意に低いガスの全圧下における気相反応で生成し、」と記載されているが、右の「有意に低い」とはどのようなものをいうのか、すなわち大気圧に比していかなる範囲で低いものであるのか、又はその具体的な圧力値がいかなるものであるのか、更に「有意に」とは作用効果においてどのような意義を有するものであるのか等については、特許請求の範囲にはもとよりのこと、成立に争いのない甲第21号証によつて認められる本願明細書の発明の詳細な説明の項にもこれを直接明らかにした記載は見当らない。
もつとも、右発明の詳細な説明の項には、本願発明における気相反応の圧力条件に関連して、次のような記載が認められる。
① 「耐火酸化物被覆層の析出を可能にする温度および圧力条件については、出発化合物として使用される化学化合物の性質によつて選ばなければならない。この選択は気相化学反応による種々の耐火酸化物の析出に適当な条件についてすでに公表された多数の文献から明らかなように当業者は行なうことができる。」との記載(5欄16~22行)
② 右①の例として、塩化アルミニウムと水との反応により酸化アルミニウムを析出させるには、被覆すべき物品の表面温度600~1,200℃、気相の全圧力1~760トル(好ましくは30~80トル)の条件を選ぶのが好ましく、塩化アルミニウムと二酸化炭素及び水素との反応により酸化アルミニウムを析出するには、被覆すべき部品の表面温度700~1,200℃、気相の全圧力1~760トル(好ましくは10~125トル)の条件を選ぶのが好ましい旨の記載(5欄27~40行)
③ 本願発明の好ましい実施態様を示す図面(別紙図面)の説明に関して「ポンプ装置11は導管10を介して反応室1に連結されていて、これにより工程の必要条件に従つて調節され得る圧力を反応室内に確立することが出来る。この圧力は1~760トルである。」との記載(7欄2~5行)
④ 明細書に示された4つの実施例のうち、実施例1では、温度1,000℃、気相の全圧5トルの条件で行ない、実施例2~4では、温度1,000℃、気相の全圧50トルの条件で行なう旨の記載(7欄29~8欄39行)
(2) 以上のとおりであるから、本願発明における「大気圧より有意に低い(ガスの全圧下)」の意義については右に摘示した圧力条件に関する発明の詳細な説明の記載を総合勘案して決するほかはない。しかして右記載を要約すれば、本願発明における気相反応の圧力条件(気相の全圧の条件)は1~760トル(大気圧)であり、ただ好ましい範囲として30~80トル又は10~125トルのものが、実施例として5トル又は50トルのものが例示されているということになる。
そうしてみると、本願発明における気相反応の圧力条件である「大気圧より有意に低い(ガスの全圧下)」とは、1~760トル未満の範囲を指称し、結局「大気圧より有意に低い(ガスの全圧下)」の意味に解するほかはない。
(2) 次に引用発明について考える。
(1) 成立に争いのない甲第23号証(先願発明の公開特許公報)によると、先願明細書には、超硬合金基体の表面に酸化アルミニウムの層を気相反応によつて生成被覆する際の圧力条件(気相の全圧の条件)について、これを大気圧と同一のガスの全圧下で行うのか又は大気圧よりも低いガスの全圧下で行うのかについては明文の記載は見当らない。
しかしながら、右甲第23号証によると、右気相反応を行う方法に関して、先願明細書には「…………本発明の方法は、900~1,250℃の温度において超硬合金基体上にハロゲン化アルミニウム、水蒸気および水素ガスを通し、しかもかかる水蒸気対水素ガスの比率を約0.025~2.0好ましくは0.05~0.20に維持することから成つている。ところで、各種の基体を酸化アルミニウムで被覆する試みないし提案は過去の文献中に見出される。しかし、知られる限りの所では、超硬合金基体を酸化アルミニウムで被覆して十分に緻密かつ結合力の大きい被膜を生成させることはまだ発表されていなかつた。」(2頁左下欄3行~13行)との記載があることが認められる。(なお、成立に争いのない甲第10号証の2によれば、先願の優先権主張の基礎の一部である1971年5月26日アメリカ合衆国で行われた出願明細書にも同趣旨の記載があることが認められる。)
この記載と先願発明に関する前記当事者間に争いのない事実とによれば、先願発明は、基体に酸化アルミニウムの層を気相反応によつて被覆(蒸着)する方法自体は従来周知の技術を前提としてこれによつて行うものであり、ただ右基体に特に超硬合金を選んで被覆対象とした点に特徴があるものであることが認められる。従つて、先願明細書には、酸化アルミニウムの被膜に当たつては温度及び水蒸気と水素ガスとの比率については前記のような記載はあるが、気相反応によつて酸化アルミニウムを基体に蒸着する方法自体は従来周知の方法によつて行うものであることが記載されているということができる。
(2) ところで、成立に争いのない乙第1号証(Journal of the AMERICAN CERAMIC SOCI-ETY Ceramic Abstracts 1970年11月号、第53巻11号)の617~621頁には、「多結晶酸化アルミニウムの化学蒸着について」の標題のもとに、塩化アルミニウムとH2O、塩化アルミニウムとCO2とH2或いは塩化アルミニウムとO2とを、それぞれ温度1,000℃又は1,500℃、圧力0.5トル又は5トルの下に反応させて焼結酸化アルミニウム基板に酸化アルミニウムを気相反応によつて被覆(蒸着)した多数実験例が示されているほか、「α―酸化アルミニウム(α―Al2O3)の濃密沈着物の生成には温度を高くし圧力を下げるのが有利であつた。」(訳文2頁5~7行)との記載が認められる。また成立に争いのない乙第6号証(特許公報昭和41年5月27日公告)には酸化アルミニウム、酸化チタニウムなどの物質をハロゲン又はハロゲン化水素を含む雰囲気の中で加熱し、基体に右酸化アルミニウム等金属酸化物を気相反応により蒸着させる方法において、この操作を大気圧下又は減圧下で行う方法が記載されていることが認められる。
以上の事実からすれば、気相反応により基体に酸化アルミニウムを被覆(蒸着)するに当たり、その操作を減圧下すなわち大気圧よりも低いガスの全圧下で行うことは先願発明の優先権主張日(1971年5月26日)前既に当業者間において広く知られていたものであると認めるのが相当である
(3) そうだとすれば、先願明細書に前記(1)のとおりの記載がある以上、同明細書には超硬合金基体に酸化アルミニウムの被膜を気相反応によつて生成被覆する際にこれを大気圧よりも低いガスの全圧下において行うことも開示されているものであることが認められる。
(3) よつて、本願発明と引用発明との間には、その気相反応における各圧力条件には差異がないものというべきである。
(4) 原告は、先願明細書に記載の第1表の実施例のすべてにおいて入力ガス中の分圧の総和が「1」となるのは1気圧に外ならないことを根拠として、先願発明の気相反応は大気圧のガスの全圧下で行うものに限られる旨主張し、前掲甲第23号証及び成立に争いのない甲第34号証によると先願明細書及び理化学辞典(岩波書店発行)にはそれぞれ原告が主張するとおりの記載があることが認められる。そして、右記載によれば、先願明細書の第1表に関する実施例は気相反応を大気圧のガスの全圧下で行つたものと解されないではない。しかし、先願明細書に前記(2)の(1)のとおりの記載がある以上、右実施例の記載は前記(3)の認定判断を左右しないから、原告の右主張は採用できない。
3 以上のとおりであるから、原告主張の審決取消事由は失当であり、審決には違法の点はない。
3 よつて、原告の本訴請求を棄却し、訴訟費用の負担及び上告のための附加期間につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条、158条2項を適用して主文のとおり判決する。
(瀧川叡一 牧野利秋 清野寛甫)
<以下省略>